パン屋さんの前を通れば、焼きたての香ばしい匂いに幸せな気持ちになる。
ランチには、美味しいパスタやピザが食べたい日もたくさんある。
私たちの食生活は、こんなにも豊かになりました。
それなのに…。
一日の終わりに、炊きたてのごはんとお味噌汁の湯気が立ちのぼると、体の奥から「ふぅーっ」と安堵のため息がもれませんか?
子どもが遠足に持っていくお弁当が、やっぱり「おにぎり」だと嬉しそうな顔をするのは、なぜでしょう。
洋食も中華も大好きなのに、なぜ私たち日本人は、ここまで「お米」を特別に愛してしまうのか。
それは、単なる「好み」や「ノスタルジー(懐かしさ)」という言葉では片付けられない、この国の成り立ちそのものと深く結びついた、壮大な物語だったんです。
今回は、その「お米愛」の秘密を探る、親子のための〈社会科見学〉です。
それは「好み」ではなく、「OS」だった
私たちが「お米」を選ぶ理由。
それは、お米が単なる食べ物の「選択肢の一つ」ではなく、日本という国と、私たちの暮らしを動かす「OS(オペレーティングシステム)」そのものだったからです。
1. 日本の「風土」が、お米を選んだ(地理)
なぜヨーロッパでは小麦(パン)が、日本ではお米が主食になったのでしょう?
それは、「雨」が関係しています。
- 小麦: 乾燥した気候を好みます。
- お米(稲): 成長にたくさんの水が必要です。
日本は、世界でも有数の雨が多い国。梅雨があり、台風が来る、高温多湿な気候です。
この風土は、小麦を育てるには少し大変ですが、水をたっぷり使う「稲作」には、まさに天国のような場所でした。
日本の風土が、「お米を育てよう!」と私たちのご先祖様にささやきかけたんです。
2. 日本の「社会」が、お米でできていた(歴史・経済)
お米は、ただの食べ物ではありませんでした。それは「富」そのものであり、「社会のルール」でした。
- お給料も、税金も「お米」: 昔は、お給料(お侍さんの給料など)も、税金(年貢)も、すべて「お米」で支払われていました。国の豊かさを示す単位は「石高(こくだか)」=お米がどれだけ採れるか、でした。
- 「水」をめぐる共同体: お米作りで一番大切な「水」。田んぼに水を引くためには、川を管理し、水路を作り、みんなで公平に分け合う必要がありました。「自分だけ良ければいい」は通用しません。「ムラ」という共同体を作り、みんなで協力するルールが、この国に根付いていったのです。
3. 日本の「国土」を、お米が守ってきた(環境)
私たちが目にする「水田(田んぼ)」は、実はお米を作る以外にも、とてつもなく重要な「お仕事」をしてくれています。
それは、「天然の巨大ダム」としてのお仕事です。
雨が多い日本では、昔から「洪水」との戦いでした。
水田は、そのまわりに「あぜ道」という土手があるおかげで、降った雨水を一時的にたっぷりと溜め込むことができます。
一気に川に水が流れ込むのを防ぎ、洪水を防いでくれる。さらに、溜まった水はゆっくりと地面に染み込み、きれいな地下水にもなってくれます。
お米を育てることそのものが、この国の「水」を治め、国土を守る行為だったんですね。
今日から気軽にできるポイント
「お米」が、日本の風土、社会、国土そのものである。
そんな壮大な物語を知ると、いつものごはんが少し違って見えてきませんか?
この「OS」を、もっと楽しく味わうための、簡単なポイントをご紹介します。
ポイント①:親子で「利き米(ききまい)」選手権!
- スーパーには、「コシヒカリ」「あきたこまち」「つや姫」「ゆめぴりか」…たくさんの名前のお米が並んでいます。でも、その「味の違い」を意識したことはありますか?
- 小さな「塩むすび」をいくつか作って、「こっちは甘いね!」「こっちはモチモチしてる!」と、食べ比べクイズをしてみましょう。
- 育った土地の気候(新潟の雪解け水、山形の昼夜の寒暖差など)を想像しながら食べると、旅するような気分になれますよ。
ポイント②:茶碗一杯の「旅」を想像する
- 茶碗一杯のごはんには、お米の粒が約3,000粒も入っていると言われます。
- その一粒一粒が、春の田植えから、夏の草取り、秋の稲刈りまで、たくさんの時間と農家さんの手間を経て、長い旅をしてきたんだな…と想像してみる。
- 絵本や動画で、お米ができるまでのプロセスを親子で見てみるのも、素敵な体験です。
ポイント③:「おにぎり」という発明に、感謝する
- ごはんを「手」で「塩」をまぶして「握る」。
- ただそれだけで、保存がきき、持ち運びやすくなり、そして何より「素朴で最高のごちそう」になる。おにぎりは、お米を愛する日本人が生み出した、シンプルで完璧な発明品です。
- 週末の朝、「わが家の最強おにぎり」と題して、好きな具材で家族みんなでおにぎりパーティーをするのも楽しいですよ。
「ホッとする」は、土地とつながる音
パンもパスタも、私たちの食卓を豊かにしてくれる、大切な仲間です。
その上で、私たちが「お米」を食べたときに感じる、あの体の奥から「ホッとする」感覚。
それは、単なる懐かしさではありません。
それは、何千年もの間、この日本の雨水と土と太陽で育まれてきた「命のバトン」を、私たちが体に取り込んでいる音なのかもしれません。
私たちの体と、この土地が、深く深くつながっている証拠。
さあ、今日はどんな「ホッ」を味わいますか?
次の一口は、きっと昨日より、ずっと豊かな味がするはずです。




